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天璋院篤姫

 【01//2012】

天璋院篤姫

大奥
江戸城に存在した将軍家の子女や正室、奥女中(御殿女中)たちの居所。

初代将軍徳川家康の時代から、江戸城に「大奥」と呼ばれる区画は存在していた。
しかし当時は、政治を行う場である「表」と、
城主とその家族の私的な生活の場である「奥」の境界が存在していなかった。
この境界が江戸城に現れたのは、
元和4年(1618年)に2代将軍徳川秀忠が「壁書」を制定した時である。
本丸は幕府政庁の「表」、将軍が政務を執る「中奥」、将軍の私邸「大奥」に区分。
3代将軍徳川家光の乳母春日局によって、組織的な整備がなされていき、現在知られる大奥に整えられていった。
しかし、慶応4年(1868年)4月に江戸城の明け渡しが決定し、大奥は終焉を迎える。
同年4月9日(旧暦)、14代将軍徳川家茂の正室・静観院宮と同生母・実成院は清水邸へ、
翌10日には、13代将軍徳川家定の正室・天璋院と同生母本寿院が一橋邸へ引き移った。
4月11日、海江田信義、木梨精一郎、水野彦三郎、渡辺清の4人が新政府代表として大手門より
入城し、江戸城の引渡しを終了させた。


天璋院(てんしょういん) / 篤姫(あつひめ)
江戸時代後期から明治の女性で、薩摩藩島津家の一門に生まれ、島津本家の養女となり、
五摂家筆頭近衛家の娘として徳川家に嫁ぎ、江戸幕府第13代将軍徳川家定御台所となった人物。
実父は薩摩藩主島津家の一門・今和泉(いまいずみ)領主・島津忠剛。母は島津久丙の娘・お幸。
薩摩藩9代藩主・島津斉宣の孫である。
幼名は一(かつ、もしくは、いち)。
本家当主で従兄・島津斉彬の養女になり本姓と諱は源 篤子(みなもと の あつこ)に、
近衛忠煕の養女となった際には藤原 敬子(ふじわら の すみこ)と名を改めた。
(この際に篤の名は君号となり、篤君(あつぎみ)となった)

NHK大河ドラマ 篤姫 完全版
激動の幕末、一人の女性の勇気と誇りが日本を大きく動かした・・・
幕末のヒロイン、篤(あつ)姫(ひめ)の波乱に満ちた生涯が幕を開ける―
「明治維新」という未曾有の大変革に向け、日本が激しく揺れ動いた時代。
その動乱の幕末に己の信念を貫き、ひたむきに生きた一人の女性がいた・・・・
その人の名は篤姫。
薩摩藩島津家の分家の娘から徳川13代将軍家定の御台所となり、江戸城無血開城に大きな役割を果たした篤姫の波瀾万丈の一代記。




男女逆転大奥
よしながふみ「大奥」
江戸城の大奥(将軍の正妻や側室など女性ばかりが住んだ場所)を描いた時代劇なのだが、
ふつうの時代劇ではなく、将軍は女で、三千人といわれる(実際には800人程度)大奥は
全員男なのである。
物語の舞台は日本の江戸時代をモデルとした世界。
男子のみが罹る謎の疫病により男子の人口が急速に減少、そのため男女の立場が入れ替わる。
儒教思想など当時の概念はそのままであるが、社会運営の根幹や権力は男から女へと移っていく。
登場人物は歴史上の人物の名前はそのままだが、史実と性別が逆転している。
徳川家の代々の将軍達や要職にあった者など、史実では男性である人物が女性
女性である人物が男性に置き換えられている。
史実とフィクションを織り交ぜた巧みなストーリー構成に、重厚な人間ドラマが繰り広げられる。



裏大奥
あの『大奥』が完全版になって帰ってきた!!
大奥に輿入れした田舎者の姫“美都子”(吉沢明歩)と女中“たま”(みひろ)のドラマ。
公家の姫君との女達のバトル!
絢爛豪華!
TVでは表現出来ない艶やかなリアル大奥がデジタルリマスターで再び蘇る!

Category: 地本問屋

Theme: 歴史大好き!

Genre: 学問・文化・芸術

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